“「何故少女売春がいけないのか、大人がしているのに何故いけないのか?」と子供に聞かれた時に、日本のコンテクストでは「ご両親が悲しむのだ」、「自分を大事にしなさい」といった禅問答的な説教になりがちだ。北米のコンテクストで言えば「子供にそうする権利はない」で問答無用ですむ。”
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普通の人は、幸福度を減点法ではかる。 幸せな理想の生活は、健康な体があり、素敵な伴侶がいて、経済的な問題もなく、親も元気で、子どももすくすく・・・ そこから足りないものを差し引いて「自分は不幸だ」と嘆くのは実のところ、それこそが不幸の素だ。

「ちゃんと治るから、お嫁にもいけるから大丈夫だよ」という主治医の気休めの言葉に 「お嫁どころじゃない、死なないかどうかの心配をしてくれ」と患者が思うのも至極当然である。

この本の著者は、そこを一足飛びに加点法にしてしまった。 というかそうせざるを得ない状況に陥った。 そして彼女は身体の痛みを抱えながら、なんと病院で恋までしてしまい、その恋のために一人暮らしをはじめてしまう。 加点式計測法のミラクルを目の当たりにした気分だ。 この先私が病気になっても、「どうして私だけが」とは絶対に思わないだろう。 (それにしてもNo麻酔の筋肉切り取り検査とか耐えられる自信はない)

2つの理論のうちどちらかを選ぶなら、自分が中心でないものを選ぼう。
この原則は大きなアイデアに限らない。日常生活でも役に立つ。たとえば冷蔵庫にケーキが1つあるとする。そしてある日、帰宅すると家の誰かがそのケーキを食べてしまっていたとしよう。ありうる説明は2つ。

a) 家の人は、あなたがケーキを取っておいたと知っていながら、怒らせるためにわざと食べた。

b) 家の人は、お腹がすいていた。

bを選ぼう。「愚かさで説明がつくことを、決して悪意の結果と捉えてはいけない」という言葉が誰の言葉かわからないが、説得力のあるセリフだ。より一般的なバージョンは、ギリシャ人に対する現代人の答えだ。